001-020

 

【戦場で少女が見つめる先には】

潮騒に銃声は響かなかった。砂浜には裸足の足跡が付いてゆき、それを見れば彼はどんな風に笑うだろうかと彼女は首を傾げる。世界は初夏の訪れを告げている。全てが懐かしい色だと彼女は思う。彼女は再び歩き出す。草色の髪の青年は、桃色の瞳の中に未だ映ることはなく、視界はただ柔らかな草原の光に溶けてゆく。
(マルガリタ)

【居城で王子が見上げる空には】

謁見の間を訪れると彼はいつものように帝国の夜空を見つめていた。その美しい横顔を目に留め、ふと先日の舞踏会で領主たちが酔った勢いで零した言葉を思い出す。我らが皇帝の王子時代を誰も知らぬ、と。成程、確かに自分に向けられるその笑顔は、それに焦がれた少女の頃から何も変化していないと、跪き垂れた頭の下で思った。
(ライラ)

【銃剣で突き立てたその顔には、】

女の顔は涙でぐちゃぐちゃだったが、美しいとも、醜いとも、およそ考えられるあらゆる感情のいずれも彼に与えることはなかった。愛してくださるのではなかったの。消え入りそうな懇願は彼の耳の縁を撫でるが、ただそれだけ。女を槍で大地に繋ぎ止め、馬乗りになり、顎先をつかんで銃を突きつける。その行為を万も繰り返したのだという滑らかさで、君はアリスじゃないんだろうと朗らかに笑う。それは明日の天気を尋ねる気安さに極めて似ていた。
(錦上添花)

【月夜に煌く銀色の、】

彼女が水に沈んだ金属だとは、誰が言った言葉か。それは恐らく月さえも飲み乾す。風に音色が流れている。鎮魂の音色はいつも銀色だ。戦場に流れる破壊の音色は、冷たくも金の華やかさに満ち満ちているというのに。銀の髪。銀のフルート。誰のための弔いなのか、それは月にさえ分からない。銀の毛並みを持つ狼精霊は、主に寄り添い今はただその音色を聴く。
(アルエとローレライ)

【使う人はもういない】

遊び相手を探してその部屋を訪れた。だがキイとなる蝶番の音は、随分と長い間その扉を開けるものがいなかったことを示していた。しみついた硝煙の臭いを覆う厚い埃の匂い。火薬調合場、踏鞴場、鍛冶炉。そのすべてから炎は遠ざけられている。長い不在は、いつからその意味を変えるのか彼女にはわからなかった。主を無くした銃器工房にランタンの熱はうすら寒かった。
(マグノリアと欧月)

【笑顔は粉塵にかき消される】*

夜明けより少しだけ早く湯浴みをするのが好きだ。世界の目覚めと共に、己の身体もまた生まれ変わるような気がするから。射し込む光、濡れて頬に張り付く髪、整えられた足の爪、照り映える水の粒、そして、ーー爆音。水気を拭くのもそこそこに飛び出せば、白煙の麓は台所だった。煤けた壁、吹っ飛んだ鍋、バツの悪そうな金髪と黒髪の少女ふたり。もうひとり呆れたように少女が降りてこれば、彼女たちのお転婆な1日が今日も始まる。
(シュラル)

【人を殺したこの腕で、君を抱きたくないと思うのです。】

私のコト嫌いなんでしょ、と少女が珍しくも怒ったように口をとがらせてきた。理由を聞けば、「ただいま」がなかったことが原因。心配してたのに。距離を感じる。私にはいつも適当。彼女なりの本気でぶつけられる奔流は少し痛くて、最早自分が失って随分久しいもの。眩しすぎるからこそ、どこかからかってしまう感情は彼女には理解できまい、と謝罪の代わりに指先に口づけた。
(マグノリアと欧月)

【君の傍にいるための代償】

彼女は今日も私を呼ぶ。朝も夜も、昨日も明日も、夢も現実も。寸分違わず同じ響きで私を呼ぶ。わたしの愛しい、わたしだけの、そんな響きに心揺らされなくなって随分と長い時が経った。少なくとも、何が摩耗したのかわからなくなる程度には。わたしだけを見て。少し拗ねて私を呼ぶ彼女は、ぞっとするほど美しい少女の様だ。伸ばされる手に指を絡めてベッドに縫い止めると、私はマリア、と母の名を呼びながら、彼女の乳房に口づける。
(エラン)

【見上げてご覧よ、空も君のために泣いている。】

ル・ボ・トン・プリュヴェイユ、という言葉を知ったのは大陸に来てから。慣れない響きを口にするたびに少しふわふわとした、きれいで、まっしろな響きだと彼女は思い、鍛冶職人の少女がドレスを作ってくれるのだと聞いたとき、彼女は銘にその響きを当然のように口にした。真珠とレースの婚礼衣装。それを見たときに大好きな彼はどんな顔をしてくれるのだろう、と心は弾んだ。
(マルガリタ)

【真昼の月に照らされて、】

奇しくも懐かしい響きが空間に散っていく。ふわふわとした酩酊。薔薇窓に月がかかっている。一糸纏わぬ全身に冷涼を送り込むのは、ひやりとした夜の風と足裏の大理石。ワルツでも如何? 手を差し出した黒服の男に己の白く細い指を重ね合わせる。ああ、今宵は白く冴え冴えとした良い月だ。目の前の青の瞳を呑み込んだらもっと晴れやかな気持ちになるのではないのか。肌に微塵の隙もなく熱を蔓延らせて、良い夜だと女は笑った。
(ライラ)

【消えゆく鼓動】

何故私の心臓は動いているのだろう。鼓動が城の静寂に散ってゆく。響くはずもないのに反響し、やがては水面に刻まれる同心円の沈着。鼓動だけではなく、この心臓そのものがその中でゆるり溺れゆくのだとしたならば、どれくらいの間その中で呼吸を続けることができるだろう。僅かに微かにリズムを唇に食んで、飲み込まれてゆくものとして、いつかは訪れるその緩慢な終焉に私はいつたどり着くのだろう。
(『揺蕩う落涙』の魔王)

【友よ!】

極々稀には3人で、と街に出た時に限ってそうなのだ。目つきが悪い。女の視線を奪うのが気に入らない。今の言葉は何だ。喧嘩を売られる理由には不思議と彼らは事欠かない。つい最近手に入れたばかりの紗紗は赤でぐちゃぐちゃだ。麻のシャツの袖口も、金のトルクにも斑に朱は散っている。あたりに沈黙が降りてから、極楽鳥のような男は、俺の所為じゃないと不機嫌そうに唇を尖らせた。
(マタル)

【それでも、幸せになんてなれない】*

ねえ。わたしのこと幸せにして。馬鹿らしいと思っているのに口ずさむことがある。雨の朝にスローに包まったまま風を感じる現実と夢のあわいで。そんなことを望んでいるわけじゃないのに、幾つもの胸に去来する言葉がある。わたしに振り向いてよ、とか。馬鹿、嫌い、とか。ぎゅってして、とか。感じていたいものは、愛とか恋とかそんなものじゃない。それだけはわかるのに、でもその答えはわからない。だから、それだから。
(シュラル)

【戦って死ね (それが存在意義というものだ。)】

そういったらあの子たちはどんな顔をすると思う? という夫の問いかけに、やってみればいいんじゃないかとその妻は読んでいる本から顔を上げずに返答する。みんな明日から暇をとっちゃうよね、との呟きには最早何も反応がなかった。そうしたら慰めてくれるかと聞こうと思ったが断られたらもうしばらくこの家でやっていく自信がなくなりそうだったので、代わりに、うん、と彼自身よくわからない頷きを返した。
(レスタト)

【欠けたピースは戻らない、】

お相手を。その言葉に彼は形の良い眉をはねあげる。少しばかりの不快を潜ませて。寝台を舞台にするその慰みは、長い装束の裾を握りしめるように、かつての彼の名残を確かに夜の端から引きずり出す。囚われるつもりなどない。そう、しなやかに彼の脚が男を弾き飛ばした。己とダンスを踊る資格があるのは、ただひとつの魂だけだ。それはつまり、彼の手は永遠に冷えたままであることと同じだった。暖めるものなどもう何処にもない。
(マタル)

【結局今日も絶望だらけの世界を生きる】

まだ探しているのか、と呆れたように尋ねれば、まだ見つかっていないからと、なぜそのようなことを聞くのかわからないという表情で、彼はいつも同じ言葉を繰り返す。まだ見つかっていないから。見つからないのだと諦めることを彼は決してしなかった。見つかるはずのないものを捜し続けることと、見つけたいものを見つからないと諦めることと、そのどちらを絶望と呼ぶのか彼は今もわかっていない。
(錦上添花)

【救いを求めるその声は、風に紛れて消え去った。】

数多の星が降り注いで尚、彼らはひとひらも傷つくことなく彼女たちに銃口を向けた。最初に揺らめいて消えたのは父で、残り香の闇を覆うが如くそれでも星は降り続いたのに。けれど。けれど、それでも。今再び、そして幾度も眼差しの裏に明滅する、暗転前の世界。身体に纏わりつく濡れた土の匂い。足首に絡みつく鎖は蛇で。あの紅い花は何処? 彼女の嗚咽を包み込む闇に、星はひとつとして出ていない。
(フィガロ)

【死ぬよりもつらいのは】

ユグドラシルの根元は静寂が支配した。目の前を蛙が横切る。地を跳ねるもの。私の翼はもう地に落ち、体から吐き出される血は温さを失って久しい。霞む視界で、呟く、名を。自分でも驚くほど甘く切ない声の。彼も私の名を呼ぶだろうか。ただひとつ、世界で私のために呼ばれた名前。私が冀った、ただひとつ。もう永遠に失うのだ、けれど最期にもう一度だけ。どうか、わたしのなをよんで。
(エラン)

【アンティックゴールドのロザリオが囁く】

お前の物語を語って御覧。そうして、それは主人との愛しい旅路と悲しい別れを語り出す。これだから外の世界に出ることが好きなのだ。勇壮な一代記より、こんな草叢の小さな十字架に宿る、失われた恋が彼女は愛しかったから。これを帝国に持ち帰ることはしないつもりでいた。この躍動の世界にだけ流れる、小さな恋の歌があってもいい。その願いも十字架だけが知っている。
(ライラ)

【無敵艦隊は海の底 (無敵艦隊→アルマダ)

こぽりと、遠くで響く音は恐らくは真珠の泡。部屋の中央、設えられた椅子に少女が擲たれている。一糸纏わぬ純白の肌。蝶の休憩を明示する睫毛は今は深い蒼に沈み、唇と頬にはうっすらと薔薇が散る。ただ焦点の合わない、虚ろな桃の瞳。ぼくのかわいいお人形さん。男の骨ばった手が少女を愛撫する。すべてはましろきせかいのために。男は笑った。廻る五番目の季節まで、あと少し。
(マルガリタ)










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