021-040
【黒い羊は孤独の戦いに挑んだ】
放っておけばこの男はひとりで戦ってひとりで死ぬ、それだけは知っていた。ただ、彼の行きたい場所へは彼一人では辿りつけない、そのこともわかっていた。共に戦うことにしたのはその現実への同情でなければ、憐みでも決してない。ただ、旗が綺麗だと思ったから。彼女は聞かれたらそう答える。だから、彼女はここにいる。誅戮の旗は今日も暗い空にはためいている。
(アルエ)
【狂気とはかくも美しきものかや】
【戦禍の花火は地上を彩る】
高台の上から彼女は大地を見下ろす。血が散って、炎が散って、黒が散って、そのどれもが彼女の指先から生まれた銃火器の花弁だった。彼女の作った銃器によってこの戦局は彼女の側の勝利で終わるだろう。達成感は彼女にない。ただ彼女の中にあったのは炎の消える寂しさと、やっぱり赤ってスキといういつもの憧憬と、今日の軍議は早く終わるといいなあと、それだけだった。
(欧月)
【それは殺し合いという名の遊戯です。】
不思議なものでこの家の生業を誰も遊戯だと口にはしない。お前はそう思っていそうだけれどね。真正面からひたりと据えた主人の眼差し。ご冗談を。言葉と裏腹にその微笑みは瞳までは昇らない。口元を隠すように扇が広がる。静寂に鳴る音。私にとってはこの世の全てが戯れですよ。交わした瞳をやがて伏せたのは主人の方。お前のその寂しさは嫌いではないがな。瑣末なことのように投げ置かれたその言葉に彼女は小さく会釈を返した。
(マグノリアと風葵)
【未来を担うべき少年は死にました】
厳格で何よりも強かった父も、病床ではただの人間でしかなかった。ベッドに吐かれた血は赤く、倒れてゆく身体はいよいよ軽く。わかっているな、そう微笑まれたことも、そうしたことも本当に正しいことなのか今でもわからない。ただあの家を飛び出した後にも母や姉や妹が幸せだったらそれで良い、などと家出少年のような面持ちで彼は今日も眠りについた。
(錦上添花)
【この想いが響けばいい、まるでそう 海に垂らした一滴の血のようなものでも (それでも)】
【ヴァルハラへ導いて 僕のヴァルキリー】
戦況は極めて良かった。カードが下す託宣をなぞる様に兵士が動き、その未来を切り裂く先頭に金の髪が流れてゆく。ここで終わる気などさらさらしない、その事に不思議な高揚感がある。己の託宣の力ではない。そんなものがなくたって、彼女はきっと。苛立ちはなかった。王手(シャーマット)。呟いた声を聞くわけもないのに、相手の将の首をハルバードが刎ねるのが見えた。
(マタルとライラ)
【だってもう嗤うしかない】
【握り締めて君がもう 息をしないことに気が付いた】
朝起きたら、隣で女が死んでいた。それに気づいたのは、自分の身体が冷え切っていたことに気付いたから。人肌が暖かいことなど、この路地では誰もが知っている。代金の払いが未だだったことに気付いて、女の荷物を漁る。出てきたたったひとつの林檎をしゃくりと噛みながら、眠る様に綺麗な死に顔というものが現実に存在するのだと彼は思った。
(マタル)
【勇気ある撤退と玉砕覚悟の特攻】
幾重にも幾度にも準備を重ね、刃を研いだはずだった。彼女たちは必ずこの街道を通る。ようやくあえる、美しい5つの花々と、あるいは黒い羽と。目の前だった。襲い掛かる身の舞のその先に、ふらりと横から飛び込んできたのはただのひとりの自殺志願者。口上と剣戟と。その風に散らされる前に花は去ってゆく。苦虫を噛み潰すとはこのことかと、苛立ちを込めて彼女の音色は冷気をまき散らした。
(アルエ)
【死ねばこその未来だ】
背中に感じた強い圧と衝撃。信じられない程緩やかに、視界全てに水面が広がる。月が出ていた。時が止まったような鏡面世界に白く、ただ白く静かに存在していた。明日も月が何の変わりもなくこの世界を照らすようにわたくしは祈るのだ。祈る。祈ることが、こんなにも苦しいことだったなんて。この苦しさはきっと罰。浅はかに夢など見てしまった幼かったわたくしへの。ほら、今こうして苦しさに潰されて、胸のうちで、逝ってしまう。
(華燭)
【痛みも感じない心臓】
泣いている、わたしの骨たちが。内臓などどんな意味もない。息づいているのはわたしの、ただひとつの黄金で、わたしはそれに生かされただけの人形にしかすぎない。わたしの肋骨の裡にある心臓は今日も血液を送り出す。汚染され、全身を遍く巡る、わたしを滅ぼすためだけの毒を。けれど、それでも、わたしを娘と呼ぶ存在と出会ったことで、わたしの時は動き始めたのだ。わたしは生きている。生来の役割から捨て置かれた心臓と共に。
(フィガロ)
【ジーザス・クライスト (イエス・キリスト)】
それは何だと尋ねたら、私の神の名だと旅人は応えた。出会ったことがあるのかと尋ねたら、捜しているが見つからないと旅人は応えた。俺も随分長く探しているのだと彼が頷けば、お前の神は何という名だと尋ねられたので、彼はこれ以上ないというくらいとびっきりの笑顔で、アリスと答えた。知らない神だ、と旅人が苦笑しながら酒を呷るのに、アリスはやはり俺だけのものなのだと彼は嬉しくなった。
(錦上添花)
【hosanna (ホサナ→ヘブライ語で、救い給え、の意)】
雪は全ての音を吸収し、その雪さえもゆっくりと海に呑まれてゆく。すべてはましろきせかいのために。かつて想い描いていた感情が風に乗る。髪が風に舞いあげられて視界が青く塗りつぶされた。海岸をハウリングが蹂躙する。舞台袖に引こうが地に倒れようが関係なかった。すべてを。この存在のすべてを。わたしは漂白せねばならない。そうすれば、きっと、彼はむかえにきてくれる。世界の温度が下がって、ましろの願いがたった一点に収束した。
(マルガリタ)
【運命を殴り殺す】
その言葉を聞いたときに彼に訪れた感情は、安堵や喜び、栄光の輝き、その何れでもなかった。俺はやった、今までのクソッタレな生活を定義づけてきた大きな潮流から這い上がり、見返すことが出来るのだという変な達成感と復讐心。彼の笑い声は高らかに路地裏に響いた。感情のままに殴りつけた壁はぴしり、と少しの罅を返す。その脆さに支えられていた今までの生を思った。腹立たしい。彼はもう一度だけ、吠えた。
(マタル)
【在り来りの痛みなんていらない。】
名前を。耳元で囁かれても、彼女はいつものようにただ姓を口にした。マダム、こんな時にまで? ふ、と口の端で彼女は笑い、黙らせるように自分から相手に口づける。ベッドの上に組み敷かれながら、こんな行為の何が楽しいのだと彼女は思う。恐怖はない。ただ虚ろで、緩慢だ。もしかしたらこの先になら痛みは待っていてくれるのだろうか。ここから、私が生まれたのだ。この行きずりの男と私のように、父と母も、こうして。
(エラン)
【まるでロボットの眼差し】
【アスファルト砂漠の海】*
骨材が彼女の踵を削っていく。太陽は己の遥か高みで燦然と輝きを増していた。舌打ち。果てなど見えはしなかった。地は熱を持ち、景色を歪める。それは、何かしらの蜃気楼かもしれないし、何処かの世界で見た余りに良く出来た羽虫でないことも、ないではないかと思った。あれは何の象徴だったのだろう。終より先に母国に戻されてしまった彼女に知る由もない。それを繰り返す。ただただ熱に浮かされたこの灰の大地に今立つように。
(シャマール)
【憂鬱でもかまわない、誰か絶望以外の感情を与えてくれ】
今夜は宮廷晩餐会だと聞いた朝から嫌な予感はしていたのだ。その訪問は、彼が入浴を終え満ち足りた気持ちで眠ろうとした時のことだった。応答を待つ気のないノックと共に開け放たれる扉。呑むぞ、つきあえ。不機嫌な、そして命令することに慣れた声が、ただひとりに向けて投げられる。拒否権などあるわけもない。返事の代わりに、服ぐらい着ろこの酒乱が、と一糸纏わぬ姿の女に向けて髪を拭いていたタオルを投げつけた。
(ライラとマタル)
【生きるための理由がそんなに大切?】
無理な話なのだ。この朱雀京で妖怪と人間が和解しあうことなど。その証拠に幾年過ぎても何も変わりはしないではないか。朱雀京はゆっくりと傾いている。今の帝が倒れるのも時間の問題、陰陽寮の力がなくなれば自分たちはどうなるのか。ただ為し得たい夢があり、叶えたい願いがあった。髪だけは随分と伸びた。叶わなかった恋を抱きしめながら、彼女は今も滅びに向かう京を離れられずにいる。
(桜華)
BACK
01
02
03
04
05