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【彼女の涙が世界を焼いた】


【壊れた彼と錆びた銃】*

墓標の前に一振りの銃がある。それと死者に手向けるには些か不似合いな花束と。墓標の名は読めない。刻まれていないのかも知れない。そうであれば、この下に死体は在るのだろうか? 削り取られたのかも知れない。そうであれば、この男は存在したのだろうか?ではこれは誰のための墓標なのだろう。存在した証を刻むための印を否定するのなら、彼は何をもってその存在を証明するのだろう?(そんなの、愚問だと思うけどね)
(錦上添花)

【切なさを感じるよりも鋭く、】


【逃げ道は死体で塞がれた】

硝子の青年を呼ぶ声は目の前の圧倒的なマナに駆逐された。その残滓にさえ肌が粟立つ。偽葉も人もその光の前に擲たれているのを見る。絶望のアナグラム、と彼女は掠れた喉の奥で呻いた。大地を蹴る身体は最早限界だ。初撃。光の内に滑り込む。その舞踏を追いかけてマナの華が咲いてゆく。未だ私は翼を失えない、未だ約束を果たして。そうしてひとりの男を思った瞬間、大地から顕れた氷山が彼女の四肢を貫いた。
(エラン)

【脳味噌に焼き付いた赤、君が染まった色。】*

夢を見たのだった。夜の、淡い光の、音のない雨の美しい夢だった。そのことを思い出す。真の赤、俺にとっての死の色、あの日失われた唯一の。夢を見ない夜はなく、見た夢を忘れることはない。そうだ。だから、いつだって出会える。二度と触れることの出来ない狂おしい俺の炎に。忘れる必要がないのなら、夢を見ることも出来ないのかも知れなくても。逢いたいんだ。でも逢ったら、俺はきっと苦しくて、泣いてしまう。
(マタル)

【蘇生しない夢】


【回帰していく世界の端っこでいつかきっと出会えるから】


【君が捨てた神を拾う】

彼らの家の中央には祭壇がある。確かに嘗て存在し、そしてこれもまた確かに打ち棄てられた信仰の軌跡。彼らはその在様を己の名として生きている。神は去った。先に手放されたのは神か人かわからなくても。けれど、この世の全ての質量が等しく保存されるのならば、この家には新たな信仰が宿らねばならない。例えそれが神のかたちをしておらず、彼にとってもう二度と裡に抱えることのできない愛しい炎の夢であったとしても。
(マタル)

【散つた椿に君を想ふ生きては帰れぬものと知りながら】


【もう君の名を呼べない。】


【あの子は死んでしまったの? (ドロップのひとかけら)】

抽斗が開かなかった。奥で何かが支えている。舌打ちしながらも喉元までせり上がった男の名を直前で飲み込む。紅玉の爪と薄く陽に焼けた指先、翡翠の眼差しで格闘すること半刻、顕れたのは細かな傷の走る錫の匣。この部屋の嘗ての持ち主が彼女と出会う前から所持していたその小箱、中身は薄荷とバニラのドロップキャンディ。甘い呼気を思い出す。生意気な眼差しが甦る。投げつけてやりたかった。そして夢を見られない、己を恨んだ。
(ライラ)

【傷だらけの手で幕を引く (どうか安らかに)】


【桜の花と回る天空 (自国民を殺して戦争に勝てるわけがない!)(桜花→世界唯一の航空特攻兵器、回天→人間魚雷)

西の民が死ぬくらい。その会話を聞いたのはほんの偶然だった。軍略会議のために呼ばれた未だ慣れぬ宮廷で、東方領のエリアに迷い込んだだけ、盗み聞きのつもりなどなかったのだ。声は続く。西方領は呪われた不浄な土地。金糸雀は籠の中にいれば。太陽の光を浴びたものと同席など。歌わない小夜啼鳥が陛下の寵愛を。彼女はそこまで聞くと少しだけ考え込んだ。それから、ごきげんようと極上の笑顔で声をかけた。
(ライラ)

【不穏な指切り】

行って来いと見送られる時に、どうしてか彼の指先が目についた。綺麗な指たち。指輪はつけないと嗤う、いつも身軽な指。ふわりと揺れた。どうしてかそれを捕まえないといけないような気がして、くらり、彼女の手が宙を泳ぐ。どうしたのかと尋ねる声には応えられなかった。約束して。帰ってきたら。口には出せなかった。そんな言葉で縛り付ける、現実の影を見たくはなかった。その不穏さを認めてしまう気にも、なれなかった。
(シュラル)

【崩れた骨さえ君の原形を留めていなくて】

オルガの銃弾に打ち抜かれ、エンブリオは散る。何も残さずに、あるいは生きた残滓を残して。その虚ろに彼女の睫毛は今日も憂鬱に瞬く。わたしの中の。心臓の下、掌が触れるやわらかで、しっとりと濡れた肌。鼓動もない。温もりもない。ただ、此処に彼女の全てが眠る。意識を最後、手放した時に残るのは己の肩甲骨か、それとも身代りの金色か。未来はいつも彼女の手の届かない場所で息づいている。
(フィガロ)

【地獄でまた会いましょう (きっとそこが僕らの安息の地)】

このまま目を閉じればどこへゆける。己が壊れる時には、きっと出会えるのだと何の疑いもなく信じている。泣きながら錫の指輪を探す代わりに、にっこりと、己の最高の笑顔で彼の手をとるのだ。ダンスはいかが? どんな体温だろう。どんな表情をするのだろう。雪に血が散るように、花が散るように。まっしろな、ふたりだけの時間。それの意味するところなど彼女にはわからない。ただ、この嵐を知ってみたいと彼女の心は疼いた。
(マルガリタ)

【途切れたイデア、もう蘇生しない】


【百の刃と千の華】

歩いてゆく、歩いてきた。振り返ることは出来ない。前に飛ぶのは、彼の矢。後ろに散るのは、彼の花。彼が魂を滅するたびに、花は散る、はらはらと、薄桃の彼の軌跡。花が無くては、弓を射ることは最早出来ない。刃を振るったとしても、花は風に舞ってすり抜ける。穿つことを諦める彼の光は萎れ、花は輝きを呑み込んで嗤う。彼の矢を埋め尽くすほどの花を彼は抱えている。己が滅ぶ時には、手向けの花だ、そう小さく呟いて。
(ツェツィーリヤ)

【死地よりの彼】

ダンスは如何? その声を聞くものは何一つない。風の僅かな粒子でさえ。哀れなくらい悲しい夢を彼は見ている。彼は白の手袋に覆われたままに、己の掌を見つめた。死地の岸辺に溶け行くその道程にあって彼の誘いを取る手は未だ現れることがない。彼の仄かな熱情が月のダンスホールに淡く散る。夜に呟く声はこんなに甘く、艶めいているのに。どれだけ華やかで煌びやかな社交場も、彼にとっては冷えた暗闇にすぎない。
(錦上添花)

【故郷はもう名も無き】











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